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≪高崎に残る日本最古の飲めるお茶≫悠久の歴史を語る国登録有形文化財の老舗お茶屋【水村園】

「実際に飲める、日本最古のお茶が高崎にある・・・」

あなたは、知っていただろうか?
高崎市本町にある、老舗お茶屋【水村園】で、そのお茶は発見された。

優しい笑顔が印象的な水村園の4代目当主、小見勝栄氏にお話を伺った。

水村園の歴史は古く、安政4年(1857)創業。
創業者の水村傳次郎は、茶処狭山から高崎に茶の販売にやって来た先駆者だ。
以降、江戸、明治、大正、昭和、平成と5代にわたって、お茶屋を営んでいる。

「お江戸みたけりゃ高崎田町」

という言葉もあるほど、中山道の宿場町として栄えた高崎は、
流通の拠点として、各地から人が集まり「商業の街」として繁栄した。

当時、狭山茶を販売するお茶屋も数多く高崎に進出。

明治37年発行の「群馬県営業便覧」にも、
あら町から四ツ屋町の約2キロのわずかな間に14軒ものお茶屋が軒を連ねていた
との記載があり、その盛況ぶりが伺える。

現代でも、旧中山道沿いには、沼田園、金子園、豊田園、小松園、そして水村園の
老舗お茶屋が約100メートルおきに店舗をかまえており
小見氏曰く、当時から現代に至るまで、定期的に情報交換等で周辺茶屋と集会を開いているそう。

「本来なら、ライバル同士なのになぜ?」と思われがちだが、
各お茶屋の創業者の歴史をたどってみると、みな狭山周辺の同村出身者で、
水村園、金子園、豊田園の先祖は、みな同じ墓地に眠っているという。

「同村出身者だからこそ、お互い支え合い、励まし合いながら、高崎のお茶文化の普及に努めたんですよ。」
「まあ、当時からも情報交換会という名の懇親会だったみたいですけどね」と小見氏も笑顔で語る。

さて、「日本最古のお茶」発見の経緯だが、「自園 御茶所狭山 明治十四歳巳第九月」と記された
古い茶箱を床蔵の改装時に見つけたこときっかけだ。「これは珍しい」と鑑定した結果、
今から133年前に生産された「現存する最古の茶葉」と農林水産省から認定されたというのだから、驚きだ。

水村園にはこのほかにも、明治時代の配達用茶箱や、スズ製の茶壺、昭和初期の広告チラシなど、
歴史を語る貴重な品々が発見されており、店舗で見学することができる。

店舗の裏に連なっており、幕末から昭和までに建造された築年代や建築様式の異なる
土蔵造りや、レンガ造りの蔵も、「歴史的建造物」として非常に貴重である と 
≪国登録有形文化財≫ に認定されている。

認定後、高崎市主催の「街歩き」のコースとなった水村園は、店舗と併せて土蔵の見学も案内している。

保存された土蔵の建物は、新たな用途として、
音楽会や美術展、小見氏の奥様で、染色家の小見やよい氏が企画する藍染作品の個展も開催されている。

レンガ造りの陰影が創り出す独特な空間の中での ≪文化活動の場≫ として、利活用されているのだ。

「歴史的建造物を維持管理することの困難さ」を小見氏も語るが、

歴史をただ、「保存」するのではなく、「活かす」方法を実践し、
お茶の歴史や、高崎の歴史を伝承していくことは、とても価値がある。

あなたも、ぜひ、いにしえから愛されるお茶を頂きながら、
この街の新たな魅力を発見しに、水村園を訪れてみてはいかがだろうか。

安政四年(一八五七)創業
■水村園 本店
住所:高崎市本町123番地
TEL:027-322-3213
2014年07月22日 | ライター:y_yamada | 場所:高崎 | カテゴリー: 歴史・文化  飲食店 

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